熊谷守一展

今年最後のメインイベント熊谷守一展が東京近代美術館で始まったので見に行く。

すごいお金持ちだったら買って家に飾って毎日見たりしたいという良からぬ想像などしてみた。

こんなのとか

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初期はわりと暗闇の絵を描いていた。
列車に飛び込んで亡くなった女性の絵とかを執拗に描いていたりもする。
このテーマは漱石も「三四郎」で書いているが、当時、非常にコンテンポラリーな題材だったに違いない。汽車が出来る前はそんな死に方は無かった訳だし。
それから、音の振動の研究とかもしてたらしい。
生活に困窮するも、この人の浮世ばなれは貴族っぽいな。
戦争の影がほとんど出てこないのも謎。
家族も立て続けに亡くしているし。
描かれない色んな暗い事があった後のあの色の世界なのかもしれない。
あと、やはりマチスの事はかなり意識していたようである。
色と形で描くようになってからのインタビューの言葉。

「影がたくさんありますわね。あの影をよしてしまうんですわ。色の寄せ集めでけっこう代用すると思います。実際は影ってものは、陰気なもんでしょう。そこを影のない色をよせあつめれば、困るほど影が出てくる。その方は、実際の影より陰気じゃないですわ」

まあ、守一は福田平八郎とともに、わたしの中では不動の昭和の2大巨匠ですから。
もう一回くらい見に行きたい。

帰りに友達の展示を見に行く。
色々話してたら、再来年あたり展示やりたいねという話になり、せっかくだから海外でやりたねとなり、ベルリンでやりたいとねとなり、最終的に来年下見をかねてベルリンに行くことになった。

それまでに、色々準備しなければ。
忙しくなるな。




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# by hipoiho | 2017-12-02 16:37 | 鑑賞など

複製技術時代の芸術作品

「複製技術時代の芸術作品」を読む。
 すごい文章だ。
 再読のはずだが、こんなんだったっけ?と思う。
 まえに読んだ時は、スマートフォンもYouTube もInstagram も知らなかった時代。以前に読んだ時よりも、世の中が分かりやすくベンヤミンの予言通りになっているのかもしれない。50ページ足らずの文章で、複製技術時代の芸術とそれ以前の比較がされている。

複製技術時代以前の芸術:
本物  一回性  アウラ  所有のヒエラルキー  礼拝的価値  儀式の道具としての芸術  画家は祈祷師  
鑑賞者は集中して自己をイメージの中に同一化する

複製技術時代の芸術:
複製  大量生産 大量消費  アウラの消滅  
大衆による所有  展示的価値  歴史上はじめて儀式からの解放  映像カメラマンは外科医  鑑賞者は試験官のように感情移入しないし集中出来ない 言うなれば散漫な試験官である  イメージの方が知覚に侵入する  一定の見方を強要される

 比較項目を羅列するとこんな感じ。
 読みながら自分が好きなものを振り返ると、全部古い芸術の方に属していることが分かり、「うわー」と思った。
 能とか、複製技術時代以前の特徴の全てにおいてスコアが高い。また、複製技術時代以前の芸術の鑑賞法として古い中国の画家が自分の描いた風景の中を散策するみたいな事が書かれていたけれど、これは、わたしが能を見るようになってから出来るようになった山水画の鑑賞方法で「臥遊」と呼ばれるものある。
 読み終わって、明日からはベクトルが反対に向いてる人間という自覚を持って生きて行きたいと思った。(とは言え所有関係に関しては複製時代の恩恵を受けているのだが。)
 でも、複製技術時代の芸術作品は、もう、あえて「芸術」じゃ無くてもいいんじゃないかなあとも思う。


 ところで、この文章の「あとがき」が、またなんとも言葉に詰まる重たい内容である。この文章が1936年と書かれていて、1940年にナチスから逃亡中にピレネー山脈で服毒死したと言われていること(自殺ではないという証言も多数あるようである)を思えばなおさらである。

 ファシズムは所有関係をそのままにして、大衆を組織化しようとする。大衆にこの意味で表現する機会を与える事は好都合で、ファシズムはマスコミ機構を征服して所有関係を温存するための礼拝的価値を作り出し本音は隠しておく。ベンヤミンはこれを「政治的耽美主義」と呼んでいる。(なんか、今ポピュリズムって言われてるやつも一緒だな)
 技術の発達、速さ、動力源の増大は強大な生産力を生むが、失業と販路の不足を招きそれを解消出来るのは戦争であると言う。

「ただ戦争のみが、現在の所有関係に触れることなく、大規模な大衆運動に目標を与えうるのである。  ー中略ー   技術の側からみれば、ただ戦争だけが所有関係に触れることなく、現代の技術機構を全面的に動員する事ができるということになる。
ー中略ー 
「芸術に栄えあれ、よし世界がほろぶとも」とファシズムはいう。ファシズムはマリネッティが告白しているように、技術によって変化した人間の知覚を芸術的に満足させるために、戦争に期待をかけているのだ。これはあきらかに「芸術のための芸術の完成」である。かつてホメロスにおいてオリンポスの神々のみせものであった人間は、いま人間自身のためのみせものとなった。人間の自己疎外はその極点に達し、人間自身の破滅を最高級の美的享楽として味わうまでになったのである。」


 この「あとがき」を読んで、わたしはパゾリーニの遺作の映画「ソドムの市」を思い出した。
 この映画は、ナチスの別荘に少年少女が集められて酷い扱いを受けるというような内容で、観客にとっては映像による拷問以外の何ものでも無く、他の彼の映画と違って画面から受ける印象も(それは眼差しだと思うが、)非常に冷たく、パゾリーニはわたしにとって数少ない大切な映画監督ではあるにも関わらず、いまだにこの映画がわたしが見たすべての映画の中で一番最低な映画である。
 パゾリーニは、これを撮った後ネオナチみたいな人達に呼び出されてリンチにあって殺されてしまった。
 この映画が何かに対する痛烈な批判であったには違いないが、どうしてあんな風に撮ったのかよく分からなかった。このあとがきを読んで長年の謎の答えが、このベンヤミンの言葉の周辺にあったのではと思ったのだ。確かにあの映画では、人間が人間自身の見世物にされており、人間自身の破滅を最高級の美的享楽として味わっていた。

 また、少し記憶が曖昧なのだが、たしか、あの映画のエンドロールには、マリネッティとかピカソとかいった20世紀美術が10個くらい映し出されていたかと思う。マリネッティが出てくるのは良いとして、他の作家は普通に考えると全然ナチスの側ではないように思え、当時このシーンの真意が全く分からなかったのだが、実はこれについてもベンヤミンのあとがきの言葉が説明になるように思う。

 写真術の登場により、「写真に出来ない事」をしなければならなくなった美術が存在理由を模索する過程で「芸術のための芸術」という、なんらかの具体的な主題によるあらゆる規定を拒否するいわゆる「純粋」芸術というひとつの裏返しの神学が生じてきた。ベンヤミンは、一つの芸術形式の衰退期には新たな芸術形式の登場によって難なく乗り越えられる効果を無理矢理目指す常軌を逸した状態になるというような事をダダイズムを引き合いに出して語っているが、これは、ごく短期間に様々な表現やイズムを生みだした20世紀美術全体にも言えることである。「ソドムの市」のエンドロールに出て来る作品たちはそういった「芸術のための芸術」の標本集であったのかもしれない。

 ファシズムと「芸術のための芸術」は表裏一体であると弾劾したベンヤミンとパゾリーニはともに、その次を示す事なく殺されてしまったが、いったいどのような新しい芸術を夢見ていたのだろうか。それが知りたい。


追記:
今年のはじめに読んだボラーニョの「はるかな星」も、よく思い出せば、ファシズムと「芸術のための芸術」(芸術至上主義)の話だったと言える。
ボラーニョの場合はその輝きとそのおぞましさ、その零落を、そして何よりその近さ(自分のすぐ隣にそれはあるかもしれない、または、それが自分だったかもしれないという近さ)を書いていた。
観客も含めて完膚なきまで批判し尽くしたパゾリーニとはまた違ったアプローチである。
パゾリーニの場合ナチスの設定は使っているが、どちらかというと映画が公開されたその当時の社会悪すべてに直接憎しみをぶつけていた感じだったと思う。

















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# by hipoiho | 2017-11-30 22:29 |

ブラジル日記 2017.11.25静岡

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静岡県美術館でやっている「庭園絵画の世界」を見にバスタから日帰りで小旅行。
やはり40分ほど渋滞に巻き込まれる。
そんな事もあろうかと足利で購入した「ブラジル日記」を読む。最終的に静岡なのに「ブラジル日記」の旅だった。

吉増さんの本は事務的な脳の働きを切って読まないと集中できないので、旅しながら読むのが良いと気付いた。ことに高速バスは(文の中にも出てくる)「不尽のおやま」に向かってすすんでいて、ページに映る光の具合なども良い。
とはいえ、この本は詩集ではなく、文章は日記や講演などを録音から起こしたような感じで、ブラジルとニューヨークで書かれた(話された)内容のようである。今より少し若いころのものだろう。

以下に気になって部分を忘れぬように抜粋。

1:「詩経」の漢詩についての部分。

「この古い時代の人の心の表われが、文物、―  文物とは‥‥‥一国の文化が生みだす、学問、芸術、宗教、法律、制度など、あらゆる文化的なものを ― それを跨ぎ越して、一直線に声をとどける歌の通路になっているの感じます。詩とはこのようなものです  ― 中略 ―
あるいはこうした“文物” ― 一国の文化、芸術、宗教、法律、制度を貫通するひかりが無意識にも備わっていなければそれは、詩とは言いかねる、」

2:ブラジルの蟻塚をめぐり、詩経とか芭蕉とか宮沢賢治などが次々に連想される部分。

「結論めいたことから先に申しますと、他者の想像の中に、ほんの僅かでも、(この“蟻の家”の傍に佇んでみたいという心を見つけますように、‥‥‥)生きる余地を見付けるということは、そこから考えもしなかった世界の、姿形の不思議な端や隈が、別乾坤からのひかりが射して来ることか、‥‥‥そのことの自覚の私なりの説明です。」

4:山本正道の彫刻に寄せてた文章で、結論に突如として現れる川端康成の不穏な予言めいた言葉。

「しかし、いま、わたくしは、南米サンパウロまでも来てしまった。襲って来る稲妻と夕立が、じつに美しい。そのなかで、一心に読みはじめた川端康成氏の初期の作品の中に、こんな二行が。(きっと、川端さんの命も、この陽炎の境にあった。)

「しかし、たんぽぽの花の上の陽炎からは人間は生まれないでせう。」
「しかし、たんぽぽの花の上の陽炎が立たなければ、人間も生まれないのだ。」

5:彫刻家マリソル・エスコバーの作品が展示されているメトロポタン美術館の部屋に向かうくだり。

「わたくしは、遥かな遠路を巡るような気がしていた。作品に行く道とは、この途方のない波路の裏へと、他者の心の繁みや丘の上に、作品というcosmicbag (宇宙手籠?あるいは手籠)を下げて、あたうるかぎり自他の迷宮の境を、歩み続ける、果てしない遠さを歩き続ける、その途上の地図、デッサンである。探査者、読者は、作者も知らぬ遠路を辿るのである。」

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帰りのバスまで時間があったので、静岡市美術館で「ターナーからモネまで」も見た。
ターナーの絵の表面はやっぱり特別で、強烈なヤバイ液体が塗り込めてありそうな感じがあった。
少なくとも、モネにそういう部分は受け継がれていない。












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# by hipoiho | 2017-11-25 23:23 |

2017.11.11かみのやま


友達に会いに山形に。
晴天ではなかったが、雲が神々しい感じで、エルグレコのトレドの雲に似ていた。








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# by hipoiho | 2017-11-22 01:04 | 見聞

民族性とか

知り合いの紹介でモンゴル出身のアーティスト、Deleheiさんのコンサートに。
これは、マヂでカッコ良かった。
ライブで見るべきで、CDとか映像も良いけれど、場を凌駕するあの感じは伝わりずらいかも。

プラスチックのつつに穴を開けた笛で尺八みたいな音を自在に出しつつ、笛吹きながらのホーミーには衝撃を受けた。
紛れもなくモンゴルの王子様である。
(白馬じゃなくて、めちゃくちゃ速い黒い暴れ馬に乗って来る感じだけども。)
民族性をその魂の輝きを損なわず現在に持ち込んだ好例と言えましょう。
せまいライブハウスの中に草原と馬が見えた気がした。

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# by hipoiho | 2017-11-20 23:17 | 鑑賞など